病院のご案内 >> 院長あいさつ>>エッセイ集

かいほう 2012 春   NO.67平成24年度経営計画
かいほう 2012 冬   NO.66「テンションを上げて」
かいほう 2011 春   NO.63「憧れの職場

かいほう 2011 冬   NO.62「知識と知恵
かいほう 2010 秋   NO.61「旅への憧れ ミュンヘンの旅

かいほう 2010 夏   NO.60「サービスの勘所
かいほう 2010 春   NO.59「楽しく仕事を」
かいほう 2010 冬   NO.58「夢と志」
かいほう 2009 秋   NO.57「イギリスの旅」
かいほう 2009 夏   NO.56「エコ」
かいほう 2009 春    NO.55「心豊かに」
かいほう 2007 冬   NO.46「新しいもの、古いもの、古臭いもの」
かいほう 2006 秋   NO.45「『はごろも祭り』ぬ、あいぐとぅ『宜野湾』やさ!」
かいほう 2006 夏   NO.44「人生のセカンドステージを心豊かに」
かいほう 2006 春   NO.43「県庁の太陽
かいほう 2006 冬   NO.42「昭和も遠くなりにけり」
かいほう 2005 秋   NO.41「命を継ぐ」
かいほう 2005 夏   NO.40「イタリアの旅」
かいほう 2005 春   NO.39「インターネットと創意工夫
かいほう 2005 冬   NO.38「馬齢は重ねず
かいほう 2004 秋   NO.37「ロマンチック街道とアルプスの旅
かいほう 2004 夏   NO.36「水を得た魚
2006年1月1日
かいほう 2006 冬  NO.42「昭和も遠くなりにけり」

「昭和も遠くなりにけり」

 今年もまた新しい年がやってきました。平成十八年です。バブルがはじけ、「失われた十年」が十二年・十五年になり長いトンネルだったのですが、やっと光が見えてきました。

 昭和から年号が変わって十八年目。だんだん「昭和」の言葉の響きが懐かしく感じられるようになってきました。私が子供の頃の昭和三十年代も、今から四、五十年前になります。

 昨年末、「三丁目の夕日」という映画がありました。東京タワーがだんだん完成していく昭和三十三年頃の、日本が敗戦から復興してきて世の中が希望に溢れていた時代の物語です。当事の様子が見事に再現されていて、大変良くできた映画です。物質的には豊かでなかったのに、人々が明るく楽しく生きていました。多くの人たちが、洗濯機や冷蔵庫を買うのを楽しみにしながら一生懸命働いていた時代です。小さかった私も、空きビンやクズ鉄を拾って売り、小遣いを稼いでいました。

 末の娘は感動してこの映画を二回観たそうです。自分が生まれてもいない時代のことが実感としてよく理解できたようで、説教じみて聞こえるオヤジのどんな言葉よりもはるかに説得力があったでしょう。どのような時代を経て今の日本になってきたのか。親の子供の頃がどのような世の中だったのか。そして、人間にとって本当に大切なものは何か。今は物質的には比較にならないほど豊かになっているのに、あの頃の方が幸せな時代だったように思えるのはなぜでしょう。

 さて、時代は変わって平成十八年。未曾有の少子高齢化社会です。社会不安や景気に影響を及ぼしている大きな課題です。こうなるのはとっくに分かっていたことなのですが、世論の力も不十分で対策が遅れてしまいました。今は昭和三十年代とは違います。右肩上がりの経済成長も望めません。ケータイやインターネットの支払いもあり、若い人ほど年金や健康保険料を納めたがりません。違ったやり方や価値観で対処する必要があります。

 ただ、日本国民には知恵も勤勉さもあり、技術の蓄積もあります。物質的な豊かさと心の豊かさのバランスを取りながら、安全で夢のある社会を取り戻しましょう。

 子供たちの未来も考えてみんなで力を合わせれば、平成の大不況を乗り越えて、あの頃のように希望に満ちた、笑顔が溢れる時代にきっとなれるはずです。

院長 富名腰 徹

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2005年10月1日
かいほう 2005 秋  NO.41「命を継ぐ」

「命を継ぐ」

 先日、福岡で久し振りに大学の同期会があり旧交を温めてきました。

 二度目の結婚で0才や4才の子供を持つ友人たちがいる一方、孫の話がちらほらと聞こえてきました。子供が小さい頃は極度に多忙で精神的にもゆとりがなく、親として十分に愛情を注げたかどうか自信がないのは自分だけではないようで、孫ができたらと、てぐすね引いて待ち構えている友人の多かったこと。

 さて、このところの日本の出生率の低下には目を覆いたくなるものがあります。まもなく人口も減り始めるようで、年金を納めたくなくなるのも無理のないことです。結婚しない人の増加は今に始まったことではないのですがいささか増え過ぎました。教育費など子供を育てるのにお金がかかり過ぎるのも大きな問題です。何とかしなければ、このままでは地域社会や日本の将来が危機的な状況になるのは間違いありません。

 日本の社会保障給付費のうち少子化対策費は約3兆円で、高齢者対策費のわずか5.4%です。医療制度の不備も大きく、安全で良質の小児医療や周産期医療を行うには著しく困難な状況で、小児科医や産婦人科医が激減してきています。

 この夏「皇帝ペンギン」という映画がありました。マイナス40度のブリザードの中で、雛を育てるために夫婦が協力して何も食べずに4ヶ月も立ち続ける姿には、命を継ぐことの神聖さを強く感じました。

 人間も現生人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)という哺乳類なので基本的には同じでしょうが、私たちには知性があります。人間にとって、命を継ぐというのは子供を産んで育てることだけではありません。自分の体や人類の健康、地球の環境を守ることでもあります。日本で糖尿病が戦後数十倍に増えたことは、人類に対する大きな警鐘です。十万年百万年単位で造られてきた生き物としての体の仕組みが、急激な社会の変化に合わせて都合よく変われるわけがありません。沖縄の長寿も危なくなってきています。私たちの体や地球は、私たちに繋がる未来の人たちのためのものでもあります。

 命を継ぐことの根源的な意味とは何なのか。ゴーギャンはタヒチの自然の中で次のように言っています。

 我々はどこから来たのか
 我々は何者か
 我々はどこへ行くのか

院長 富名腰 徹

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2005年7月1日
かいほう 2005 夏   NO.40「イタリアの旅」

「イタリアの旅

 ルネサンスの香り漂うフィレンツェ、そして水上の迷宮都市ヴェネツィア。


 関西空港を発ってミラノを経由して、夕刻フィレンツェに到着。
 8年振りに訪れた、深いレンガ色の中世の街は、同じ顔で私たちを迎えてくれました。

 15世紀にルネサンスが花開き、ヨーロッパ中の富を集めた都市。
 ミケランジェロやレオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロなどの珠玉の名作がここかしこに。芳潤な歴史の香りに包まれて、本場のパスタを味わい、もちろんトスカーナのワインも堪能しました。

 フィレンツェからヴェネツィアへは、オリーブの樹やブドウ畑が続く広大な平野を眺めながら汽車の旅で。

 杭を打ち込んで作った118の浮き島を約400の橋で結んだヴェネツィアの街は、まさにラビリンス(迷宮)。無数の路地と古い建物とが織り成す不思議な世界。路地裏歩きの達人を自称する私にとってはもうたまりません。サンマルコ広場では、「旅情」のキャサリン・ヘプバーンを思い出します。インターネットで調べた地元御用達のレストランの料理は絶品でした。

 すばらしいイタリアの旅を満喫し、こびり付きそうになった心のアカを落とすことができましたが、旅をするのは私だけではありません。

 病院の10年勤続職員の今回の旅行は、花の都パリです。

院長 富名腰 徹

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2005年4月1日
かいほう 2005 春   NO.39「インターネットと創意工夫

「インターネットと創意工夫」

 今年もまた新年度が始まり、私たちの職場にも新しい職員が入ってきました。最近は病院のホームページを見て応募してくる人が増えていて、時代の変化を感じます。

 さて、仕事をしていく上で大事な要素に、「創意工夫」があります。仕事は創意工夫の連続ともいえ、それなしでは個人も会社も立ち行きません。工夫をして効率を上げ、製品やサービスの質を高め、それによって個人の技能も向上し、会社の業績が伸び、ひいては社会も良くなるのです。


 創意工夫とは大きな技術開発だけではなく、また経営者や管理職だけに求められるものでもありません。どんな新人にでもそれは必要です。マニュアルや基本的な技術を覚えるだけでは不十分で、問題の解決には的確な判断力と創意工夫が欠かせません。

 創意工夫は自分の頭で考えてすることなのですが、それには参考にする資料や情報が必要です。その点に関して今、インターネットの普及によって劇的な変化がおきています。質や種類に限りがあるとはいえ、以前とは比較にならないほど膨大な情報が短時間で得られるようになりました。世界中の図書館にもすぐに入って行けます。

 ただ、その情報はあくまでも自分の考えを決めるてがかりにするためのものです。その意識をしっかりと持っていなければ、氾濫する情報に振り回されたり、主体性がなくなったり、既成概念に囚われたりしかねません。自分で考え工夫する力、オリジナリティーを生み出す力が失われないような注意が必要です。


 ライブドアとフジテレビの騒動の中で、近い将来インターネットがテレビに取って代わるか否かという議論がありました。確かにインターネットは世の中を変えています。仕事の上でも不可欠なものになっており、世論の形成にも影響を及ぼしてくるでしょう。止めることのできない流れですが、急激な変化が大きな歪みを生まないように願わずにはいられません。

 有用な情報を得るのに手間と時間がかかり自分で考えるしかない状況が多かった時代とインターネットの時代とでは、あまりにも違いがあります。人間の頭と心も少なからず変わっていくでしょう。

 インターネットを文明の利器としてより良く生かしていくには、もちろん個個人の注意も必要ですが、法律の整備や社会全体での対策を急がなければいけません。

 人間や社会をダメにしたインターネットなんか無かった方が良かったとは、もう決して言えないのですから。

院長 富名腰 徹

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2005年1月1日
かいほう 2005 冬   NO.38「馬齢は重ねず

「馬齢は重ねず

 またいつものように新しい年がやってきました。山のようにたまった書類や本を整理し、無事年を越せたことに感謝して、新たな気持ちで新年を迎えることができました。

 去年の今頃私は、「今年は心豊かに」といっていましたが、課題に追い立てられてまた一年が過ぎてしまいました。ただ、一年間生きて、ひとつ年をとったのは確かです。

 世の中にも仕事の上でも家庭でも、一年間でいろいろなことがありました。考えてみると、この一年間のことは去年の今頃はだれも体験していなかったのです。アテネオリンピックのハイライトも見たし、イチローや宮里藍選手の活躍も見たし、ブッシュ大統領の再選も見ました。

 あなたの身の回りはどうでしょう。給料も僅かですが増えたし、新しい服も買いました。新作の映画も観たし、旅行で初めての場所にも行きました。知人・友人も増え、ゴルフが少しうまくなりました。いいことだけではありませんが、一年分いっぱいの思い出ができました。

 こうやって一年二年、十年二十年と確実に時は進み、時代の移り変わりを見ながら、人は年をとっていくのです。

 年をとるのは決して寂しいことではありません。仕事や人生の成果があがってくるということでもあります。肉体的なことでいえば、三十代の人でも二十代の頃の自分より老けたと嘆く人がいます。白髪やシワが増えたとしても良しとしましょう。それに勝るものを得てきているのですから。

 周りの景色が美しく感じられるようになってきてはいませんか。キレそうになったり不安になったりするのが減ってきてはいませんか。孫の誕生が待ち遠しくてたまらなくなってきてはいませんか。

 辛いことに耐えるのも、困難を乗り越えるために知恵や気力を絞り出すことも人を成長させます。そうしてだんだんと生きることの有難さが心にしみるようになっていくのです。

 人生は一度きりだからこそ貴重だし、一年はだれにでも平等に一年だから貴重なのです。

 人はだれでも年をとります。心と体の健康を保ち、馬齢を重ねることなく、上手に年をとっていきたいものです。

院長 富名腰 徹

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2006年4月1日
かいほう 2006 春  NO.43「県庁の太陽

「県庁の太陽」

 今年もまた新年度が始まり、私たちの職場にも新しい職員が入ってきました。県庁や市役所にも多くの職員が入ったことでしょう。

 先日、「県庁の星」という映画を観てきました。官民交流を通して民間の優れた面を学びそれを県政に生かすという目的で、県庁のエリート職員がスーパーに出向するという物語です。古くて新しいテーマ「官と民」について深く考えさせられる映画です。

 今、その是非はともかく、郵政民営化が国の一大事になっています。行政が肥大化して費用がさかみ、国や自治体の財政は火の車です。国立の大学や病院の独立行政法人化や公共施設の指定管理者制度など、時代は完全に官から民への流れです。

 あたかも官が劣っているかのような風潮さえありますが、いうまでもなく官は社会の運営に最も重要なもので、その力も絶大です。政府や県庁、市役所なしでは世の中は動きません。公正さや秩序を保ちながら社会が発展していくためには不可欠です。また民間だからといって必ずしも効率が上がるわけではないし、間違ったことがおこりやすい面もあります。ただ、これまでの施策や世論の力が不十分だったツケが大きく回ってきました。このままでは日本の社会は立ち行きません。時代に合わせて制度や仕組みを変えていく必要があります。

 効率や成果の違いは人の優劣の問題ではなく、システムの違いによるものが大きいのです。現場の権限や横の連係の問題、モチベーションを高める方法、努力が報われる組織作りなど、改善しなければならない点が多くあります。

 役人、公務員は入職の倍率が高い分優秀なはずですが、高い志を持った人ばかりではないでしょうし、親方日の丸の中で感覚が変化することもあるでしょう。公衆に奉仕するしもべ(公僕)とへりくだる必要はないのですが、権力意識や甘えの構造は正さなければいけません。

 世の中は、官が民を導きコントロールするのがより重要だった時代から大きく変わってきています。少子高齢化の急激な進展もあり、民間の利点である「効率性」「機動力」「柔軟性」がより求められる時代になっています。

 映画で、スーパーのパート従業員が県庁の出向職員に言った言葉が今でも耳に残っています。

「あなたは、人を喜ばせたいと思ったことはないのですか」


院長 富名腰 徹

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2006年7月1日
かいほう 2006 夏   NO.44「人生のセカンドステージを心豊かに」


理事長 富名腰 徹

「人生のセカンドステージを心豊かに」

高齢化社会の進展に伴うニーズの多様化に応えるため、私たちは沖縄で初めての大規模な利用権付き有料老人ホーム『ポート・ヒロック』の建設に着手しました。コンベンションエリアの一画、東シナ海を望む小高い丘(牧港高架橋横の教会跡地)にリゾートホテルのイメージの施設を建て、来年夏オープンの予定で準備を進めています。

 急激な高齢化社会の進展は様々な問題を生み出しています。私たちは病院を開設して19年近くになりますが、退院後の行き場に困る高齢者の姿を毎日のように目の辺りにしてきました。逼迫した保険財政ではこれ以上特養ホームや老健施設などを作るのは困難で、有料老人ホームの役割が重要になってきています。また、より質の高いサービスとアメニティーのもとで自分らしく積極的にセカンドライフを楽しみたいと思っている人たちや、親に老後をより良い環境で快適に過ごさせたいと願っている人たちのニーズも大きいと思われます。

 私たちは、これまで行ってきた医療活動や訪問看護・訪問介護事業の経験を生かして増大するニーズに応えるため、4年前に有料老人ホームを計画し、国内の先進的な施設だけでなく海外の施設の視察も行ってきました。アメニティーを高め、介護要員を厚く配置し、食事や行事内容などのソフト面を充実させて、質の高いサービスを提供したいと考えています。

 これまで社会に貢献してこられた方々が、癒しの空間の中で心豊かに人生のセカンドステージを過ごせるように、私たちは総力を挙げて取り組んでいきます。

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2007年1月1日
かいほう 2007 冬   NO.46「新しいもの、古いもの、古臭いもの」

「新しいもの、古いもの、古臭いもの」

 いつものように慌しく一年が過ぎ、またいつものように新しい年がやって来ました。

 二00七年、今年は団塊の世代が停年を迎え始める年です。終戦後の新しい時代に生まれたおびただしい数の子供たちがいつしか大人になり、そして停年を迎える年になりました。ビートルズを聴いて育った人たちが老人になるというのは妙な感じで、老人のイメージが変わりそうです。この世代はライフスタイルが多様で、退職金や年金に一番恵まれていて、しかも子供に財産を残したいという意識が低いといわれています。新たな需要が生まれ、社会経済が大きく変わるでしょう。古い世代の人たちが世の中を新しくするわけです。世の中の変化は決してITの進化だけではありません。

 昨年の秋プラハを旅してきました。街全体が建築物の博物館の様な、数百年かけて造られてきた街並みの美しさには目を見張るものがありました。地元の古いレストランで昼食をとっていた時のことです。隣りの席で一人の若者と買い物袋を持った老人が何やら熱心に話し込んでいました。言葉は分からなかったのですが、百年は経っていそうな店の雰囲気のせいか、若者は老人から大事なものを学び取ろうと懸命になり、老人は自分が得てきた知識や知恵を誇りを持って伝えようとしている、そう思えてなりませんでした。

 さて、私たちの病院は今年20周年を迎えます。目標を追いかけ、課題に追い立てられて、あっという間の20年です。

 20年の節目は、初心に帰り、これまでの軌跡を振り返り、仕組みや方向性を見直す絶好の機会です。組織図、運営図、規約などが古臭いものになっていないか。賃金制度や人事考課制度は適正か、病院の理念が職員に浸透しているか、人を育てる組織になっているか。向かうべき方向がずれてきていないか。大切に残しておかなければならないのは何か。時代の変化や施設の現況に合わせて、変えるべきは変え、残すべきは残し、戻すべきは戻しましょう。

新しいもの、古いもの、古臭いもの。これらをよく整理して、自分たちがこれからどこへ向かおうとしているのかを明確にすること、それが私たちの組織の今年の大きな課題です。

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2006年10月1日
かいほう 2006 秋 NO.45「はごろも祭り」ぬあいぐとぅ「宜野湾」やさ!



「はごろも祭り」ぬ あいぐとぅ 「宜野湾」やさ!


「山岳があるけん、博多たい!」博多祇園山岳の祭りの時期、博多の街は熱く燃えます。三十数年前、高校を卒業して福岡に出て初めて見た、沖縄とは違う祭りの印象は強烈なものでした。街のところどころに飾り山岳が立てられ、祭りのムードが漂う中それらしき行事が行われ、クライマックスの「追い山」で祭りの興奮は最高潮に達します。

毎年八月に、私たちの病院に近接した宜野湾海浜公園で、市民祭りともいえる「はごろも祭り」が行われます。二日間で約二十万人が訪れるという、県内最大規模祭りです。今年も花火の時間に行ってきました。

浴衣にうちわ、「いらっしゃい、いらっしゃい」の出店の呼込み。笑顔に溢れた人、人、人。そこには幸せと活気に満ちた、日本の祭りの情景が広がっていました。広場は芝生に坐ったおびただしい数の人で埋め尽くされ、おしゃべりをしているその様はまさに壮観。親やオジー・オバーと一緒の小さな子供たち。この光景は彼らの心の中に深く刻み込まれるでしょう。若い人たちも大勢います。この時ばかりに浴衣でめかして、恋も生まれそうです。何だか、こちらまで幸せな気分になります。

古今東西、祭りはあります。きっと人間にとって、なくてはならない根源的なものなのでしょう。祭りを生き甲斐にしている人たちも多く、リオのカーニバルでは祭りが終った次の日から来年の準備が始まるそうです。祭りには、信仰的要素や文化伝統の継承など多くの要素がありますが、地域共同体への帰属意識を高めるという意義もあります。

今、日本の社会では「地域」が大きな問題になっています。地域間格差やシャッター通りの問題、安全性の低下、ご近所意識の希薄化など、「地域」は日本再生の大きなキーワードです。

自治会費や市民税を納めたくないと思っている人も、ぜひ地域の祭りにでかけましょう。たくさんの明るい笑顔に出会えますよ。地域社会も捨てたもんじゃないと思えるでしょう。なけなしの小遣いを握りしめ、ワクワクして品定めをしていた子供の頃も思い出すはずです。

だまされたと思って行ってみましょう。きっと、幸せな気分になれること請け合いです。

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2009年4月1日(水)
かいほう 2009 春 「心豊かに」

今年もまたいつものように新年度がやってきました。一年前とは社会情勢が一変し,年度の事業計画は困難を極めます。

 ファンドの企業買収などの話題に多くの人が違和感を感じていたはずですが,複雑化した金融の暴走を止めることができませんでした。社会全体が反省し,一人一人が物の豊かさと心の豊かさについて考え直す必要がありますが,クリアしなければならない目の前の課題があまりにも大きすぎます。

 昨年の秋,ピーターラビットの絵本の世界,イギリスの湖水地方を旅してきました。穏やかなその風景の素晴らしさもさることながら,そこで行われているナショナル・トラストによる自然保護活動には感銘を受けました。ボランティアの数とその活動内容,莫大な寄付は,日本では想像できません。真の豊かさとは何だろうと考えさせられました。

 心豊かに生きたい,暮らしたいとは,誰しも願うことです。心豊かというと,よくお年寄りが穏やかそうにしている様子が思い浮かびます。人生を達観し不惑の域に達するのは難しくても,年を重ねれば穏やかにはなってきます。それは年の功だけでなく,人生の残された時間への感じ方の違いもあるからなのでしょう。何でもない日常を有難いと感じられるか。美しいものを美しいと感じられるか。

 一方,若い人や現役の人にも心豊かな生き方は大切です。孫ができなくても心豊かになれます。時間の余裕や経済的な要素も関係しますが,絶対的なものではありません。

 また,心の豊かさのひとつの側面に,優しさや思いやり,奉仕の心があるのではないでしょうか。さらに,達成感や誇り,希望や向上心安心の豊かさに繋がります。心のやましさや妬み恨みなどの感情が大きかったり,怠け心や誘惑に負けて心が病んでいては心豊かとはいえません。

 県民所得が全国で最も低い沖縄は出生率が全国一高く,県外からの移住者も増え続けています。地球温暖化の問題もそうですが,真の豊かさとは何か,また日本の社会がどうあるべきかを考える時,私には「沖縄」の持つ意義が大変重要なものに思えてなりません。

院長 富名腰 徹                            TOP

2009年7月1日(水)
かいほう 2009 夏 「エコ」
 今年もまた夏がやってきました。海の邦沖縄には,やはり夏が似合います。
 
 夏になると消費電力のことが話題になりますが,かりゆしウェアは全国のクールビズの普及に影響を与え,温暖化対策に貢献しています。もっとデザインが良くなって安くなればなおいいのですが。東京がヒートアイランドなら,沖縄はトロピカルアイランドです。

 先日,日本政府より温室効果ガス削減の中期目標が発表されました。2020年までに,2005年比で15%削減するというものです。京都議定書のことを忘れかけたころにやっとという感じです。こすとはかかりますが,途上国や中国,インドの対策が不十分だからと言っている場合ではありません。地球温暖化対策は正に待ったなしです。

 最近世の中に「エコ」が溢れてきています。エコ家電,エコカー,エコ住宅そのうち「エコる」という言葉も一般化しそうです。環境活動といえばヒッピー風の活動家を連想する時代さえあったのですが,エコカー減税だけでなく,ついにエコカー減税だけでなく,ついにエコポイントまで出現しました。これらは莫大な予算を投入しての国策ですが,エコが景気対策の大きな手段として使われようとは,1年前誰が予想したでしょう。

 今回の金融経済危機は,環境問題やエコにとって大変大きな意味を持っています。豊かさの象徴であったアメ車が溢れていた復帰前の沖縄。そこで育った世代の自分にとって,クライスラーやGMの破綻には感慨深いものがあります。化石燃料に依存し過ぎた現代文明現代文明への警鐘なのでしょうか。

 マイバックを使ったり電気を細めに消したり,私たちが日常生活の中でできるエコは沢山あります。屋上緑化やソーラーパネルも個人や事業所レベルでできます。ただ,一人一人の意識の問題だけでなくエコにはビジネスとしての視点と政策も重要です。日本は技術立国です。燃料電池や熱交換塗料など,環境にやさしい技術の開発と普及に国を挙げて取り組み,エコ先進国として世界をリードすべきです。

 以前訪れたことのある北欧の国々の街の情景と人々の穏やかな暮らしぶりには,心打たれるものがありました。今回の金融経済危機の教訓を生かし,もっと人間性豊かな成熟した社会をめざして,大きく舵を切るべき時が,今来ています。

院長 富名腰 徹                              
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2009年10月1日(木)
かいほう 2009 秋「イギリスの旅」

 旅,それは自分を保ちまた向上するためにも,私にとってなくてはならないものです。

 山原の海のすぐ近くで生まれ育った私は,海岸に座って水平線を行く船や時折その上を飛ぶ飛行機眺めながら,広い世界を想い,きっといつかはと夢見てばかりいました。

 楽ではない日常から離れて,こびりつきそうになった心のアカを落とし,エネルギーを蓄えるのには,旅が必要です。

 さて今回の旅は,産業革命の国,大英帝国,紳士の国,食べ物がまずいとのウワサがある国,イギリスです。スコットランドの古都エジンバラとロンドン,その近郊のオックスフォードにも足を延ばしてきました。

 歴史の重みとすばらしい自然はもちろん,路地裏歩きも,カフェもパブも私に力を与えてくれました。

院長 富名腰 徹                                 TOPへ
2010年1月1日(金)
かいほう 2010 冬  NO.58 「夢と志」

いつものように慌しく一年が過ぎ,またいつものように新しい年がやってきました。一年の総括を十分に行って,新しい一年の計を立てることができたでしょうか。

 昨年は金融・経済危機による雇用不安やデフレなどに加え,政権交代という歴史的な出来事がおこりました。このままでは日本の国が立ち行かなくなるという,国民の危機意識に基づいた選択です。官僚制度をはじめ,社会の仕組みを根底から見直すためには,政治家だけでなく多くの国民の覚悟が必要です。

 昨年末に,司馬遼太郎原作の「坂の上の雲」第一部がテレビ放映されました。明治維新後日本が欧米的近代国家をめざした時代の様子がよく描かれており,日本の成り立ちについて深く考えさせられるすばらしい内容でした。特に当時の若者たちの夢と志には,羨ましささえ覚えました。

 人は誰でも夢や志を持っています。夢は個人にとっても社会にとっても必要不可欠で,それなくしては充実した人生も社会の発展もあり得ません。若い頃は自分には夢があったという人がよくいますが,いくつになっても夢は必要です。

 夢は持たなければ実現できませんので,持つことは大切なのですが,実現することがもっと重要です。そして,夢を実現するにはそれに向かって努力すること,すなわち志が必要になります。夢を語る人は多いが夢を実現できる人は少ないとはよくいわれていることです。

 「志が高い」というように,志には世のため人のためという響きもありますが,「作家を志す」など,志は個人の夢を実現しようと思う気持や努力でもあります。希望の職業に就くこと,家庭を持つこと,仕事の成果を上げること,これらは立派に世の中のためになっているのです。

 日本の国は今大きな岐路に立っています。まさに正念場です。政治家や官僚の志の高さはもちろんですが,今最も必要なのは,より多くの国民の,明るく幸せな社会への夢と志ではないでしょうか。

 私には夢があります。私たちの施設にも夢があります。それを実現するための志は,何があっても決して失ってはいけません。

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2010年4月1日(木)
かいほう 2010 春 NO.59「楽しく仕事を」

 今年もまた新年度がやってきました。楽しみにしていた昇給や昇進、子供や孫の進学・就職はどうでしたか。

 さて、今回のテーマは「楽しさ」です。「楽をする」の「楽」とは字は同じですが、少し違います。「楽」には、苦しみがなく安らかで楽しいという意味がありますが、「楽をして儲ける」など、イメージが良く使い方もあります。

 あなたは何を楽しみに生きていますか。家族や友人と語らうこと、趣味、子や孫の成長?楽しみは人が生きていくのに必要な根源的なもので、楽しみのない人生はあり得ません。また、「楽しむ」と「楽しみにする」は違います。旅行でも、実際に楽しんでいる状態だけでなく、それを楽しみにして待っている状態もいいものです。ボーナスが楽しみ、子や孫の誕生が楽しみ。「楽しみにする」ことも人が生きていくエネルギーになります。猫や金魚の場合はそうはいきません。

 近年の研究で、楽しさや安らぎや快適さ感じる時に増えてくる「セロトニン」という脳内神経伝達物質について、いろいろなことが解かってきました。座禅、読経、ヨガをしている時にも増えるということです。その分泌には、人との触れ合いも大事なようです。仕事においても私生活においても、私たちは次々とおこってくる問題に対処しなければなりません。それは苦労ではありますが、必要以上に苦しみと捉えないで、セロトニンが不足しないようにしなければいけません。いい人生には、楽しくという意識や前向きな気持ちがとても大事です。

 仕事というのは厳しいもので、職場では楽しさは重要でないという考え方もあるでしょう。確かに楽な職業はそうありませんが、どうせやらなければならない難儀なら、少しでも楽しくということです。

 楽ではなくても楽しく仕事ができる職場、笑顔が多くお互いの思いやりが感じられる職場を作るにはどうしたらいいのでしょうか。これまで私たちは、「笑顔であいさつキャンペーン」をやったり、コーチングという手法を用いたり、東京での「笑い塾」に職員を参加させたり、いろいろな取り組みをしてきました。それらをより良く生かすためには、院長である自分が明るい笑顔でいなければいけません。

 「楽しく仕事のできる職場」私たちはそれを目指しています。


                                        富名腰 徹
                                                  page top↑
2010年10月1日(金)
旅への憧れ ミュンヘンの旅

旅への憧れ。そこには心のときめきや好奇心だけでなく、人それぞれのいろんな思いが詰まっています。時には切ない気持ちさえも。

人は何かにつけ旅をします。失恋しても結婚しても旅行をします。旅行は世の中が豊かになってきた近代に始まったものではなく、大昔からの巡礼の旅というのもあります。また、テレビ・雑誌やネットで世界中の映像や情報が溢れている時代になっても、旅への憧れは人の心からなくなるものではありません。

さて、今回の旅はドイツの古都ミュンヘンです。ミュンヘンといえばビール。毎年九月下旬から十月初めにかけて世界最大のビール祭り「オクトーバー・フェスト」が開かれます。今年は記念すべき二百周年祭ということもあり、体験してみたいという長年の夢をやっと実現できました。

関西空港からフィンランドのヘルシンキを経由してミュンヘンへ。約十四時間の空の旅です。

ミュンヘンはロマンチック街道の南の起点に近く、ドイツ有数の都市でありながら、牧歌的な雰囲気のある素敵な街です。旧市街には中世の建物も多く、メルヘンの世界に迷い込んだような気分になります。

街中がお祭りムード一色ですが、広大なビール祭り会場は、まさにおとぎの国の巨大遊園地です。世界中から集まった人たちが、まるで旧知の友のように乾杯をくり返し、異様なまでの盛り上がりです。昔子供だった人たちが、オモチャ箱の中でビールを片手にはじけまくっているといったところです。

思う存分ビールを飲み、ホワイトソーセージも食べました。心のアカを落として充電もできました。これでまた、心身ともにいい状態で仕事ができます。感謝、感謝。

さて次回のドイツの旅は、職員と一緒に行くクリスマス(いち)にしますか。

2010年7月1日(木)
かいほう 2010 夏 NO.60「サービスの勘所」

 先日、とあるレストランでディナーセットを注文した時のことです。二人のウェイトレスの一人が「チキンでございます」、 後のもう一人が「山原地鶏の網焼きでございます」

といって料理を持ってきました。コストも料金も同じ料理なのですが、言葉の使い方ひとつでおいしさがまるで違ってきます。

 当院の理念は「良質の医療サービスを提供します」という言葉で終わります。私たちは二十数年前、サービスの観点を重視した医療をやろうと病院を始めました。日本標準産業分類で、医療がサービス業に分類される前のことです。

 今多くの国で日本式サービスが注目されています。国によって文化習慣に違いがあるのは当然ですが、特に中国ではウェイトレスや

店員などの接客態度が日本と大きく違うようです。この巨大市場に多くの日本企業が日本式接客サービスを武器に進出を図っています。

 医療の分野でもサービスの観点がより重要

視されるようになってきました。「私(医者 

)にまかせてくれればいいのだ」という時代ではありません。ただ、医療の分野には一般の経済活動とは違う点がいくつかあります。

「お客様は神様です」は変ですし、安全性や高度な専門性も強く要求されます。また保険医療制度で各々の医療行為に対して報酬が決められていて、人員配置や機器の導入などによる収入の差はありますが、サービスを向上させるのにかかるコストを価格に反映させることが困難です。その制約の中で良質の医療サービスを提供するためには、予算の集中と選択、サービスの勘どころを押さえた工夫が強く求められます。

 医療サービスではハードの部分も大切ですが、もっと大事なことがあります。病院を訪れる人の多くは不安を持っています。診断や治療法や予後に対してだけでなく、仕事への影響や経済面など様々な不安です。それに対して、医師をはじめ各スタッフがどのように対応するのか。意識の持ち方だけでなく、接遇強化のしくみ作りや修練も必要です。

 増え続ける社会保障費の財源として、消費税の増税が注目されています。新しい総理から、医療や介護の分野で雇用を生み出し経済を活性化させるという方針が発表されました。はたして国民の負担に見合ったサービスが提供できるか、私たち医療介護の側に、今それが問われています。

2011年1月1日(土)
かいほう 2011 冬 No.62「知識と知恵」

 あわただしく一年が過ぎ、いつものようにまた新しい年がやってきました。高視聴率をマークした「龍馬伝」も終わりました。経済や雇用情勢が厳しく政局も混迷を極める中、人々はそこに何を求めたのでしょうか。

 あっという間の一年でしたが、期待された歴史的政権交代への失望も、異常な円高も、天下の日本航空のまさかの経営破綻もありました。この閉塞状況を打開するいい知恵はないでしょうか。

 昨年はツイッターが爆発的に広がり、電子書籍も続々出てきました。この急激な世の中の変化、果たして大丈夫なのでしょうか。技術革新はいわば「知識」です。その知識を正しく使う「知恵」の方はどうでしょう。この十年あるいは百年、人間と社会全体の知恵のレベルはどのくらい向上したのでしょうか。ネット社会の進展によって、知識を得るのは飛躍的に容易になってきています。私には、知識と知恵のギャップが恐ろしいほど大きくなっているように思えてなりません。

 「官僚なんて成績が良かっただけで、大バカだ」といい放った有名政治家がいます。これが正しいかは別にしても、学歴偏重によるひずみは決して小さくありません。知識は知恵の基礎であり大切なのですが、物事の本質を理解し、知識をどう活用・応用するかがもっと重要です。

 知恵を出すには、知識だけでなく想像力や創造力も必要で、これらは人の成長や職場の業績向上、地域の活性化に欠かせません。悲観や批判ばかりでは解決はありません。

 また、知恵は考えるだけでなく実践されてこそのものなのです。関係する相手や対象があり、感性や誠意、情熱や信念、そして汗や人間力も必要になります。

 今知恵に求められている大きな役割りは、利害関係の調整です。政治・行政の責任はもちろんですが、市民・国民としての私たち一人一人の知恵が問われます。国際社会においても貿易摩擦や難航する温暖化協定など多くの課題があります。知恵を結集して、早急により良い方法や仕組みを生み出さなくてはいけません。

 さて、今年はどんな年になるのでしょう。明るい年にする知恵はあるはずです。今の自分たちのことよりも、子や孫たち、バトンを継いでいく人たちのことを強く思えば、きっといい知恵は生まれます。      

                         富名腰 徹

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2011年4月1日(金)
かいほう 2011 春  NO.63 「憧れの職場」

四月になり新年度がスタートしました。新しい年度計画に基づいた活動の始まりです。

この時期は出会いの季節でもあり、私たちの施設にも新卒を含んだ新しい職員が入ってきました。

 職場の選択は、その人や家族の人生を大きく左右します。同じように、企業や組織にとっても、人との出会いは大変重要です。人財無くして企業や組織の発展はありえません。多くの民間医療機関がそうであるように、私たちの施設も歴史の長い人材豊富な大企業ではありません。人を育てることも大切ですが、  

いい人財との出会いを求めて積極的に行動しなくては、増大するニーズに応えることはできません。

 「あの歌に出会わなければ、歌手としての今の自分はなかった」というのがありますが、

あの職場あの上司に出会わなければというのもあるはずです。また、あの人財に出会わなければ会社の今日はなかったというのもあるでしょう。見識に優れた働き者の経営者はたくさんいます。でもそれだけでは優良企業にはなれません。

 さて、今年度の新しい経営計画もすでにスタートしました。私たちの施設は来年秋に創立25周年を迎えます。重要な節目に向けての今年度の経営計画には、例年とは違った意味があります。基本方針のポイントは「基盤作り」。海邦病院は「25周年後へ向けた基盤作り」、他の施設は「新たな発展の基盤作り」です。それには「組織力の強化」が必要で、機構改革や人事などで仕組みを整えるだけでなく、それが適確に機能する状態を作ることが必要になります。そこで鍵となるのが「コミュニケーション」です。しっかりとした基盤を作り、25周年後も永続的な発展ができる組織にしなければなりません。

 良質の医療サービスを提供するには、いい職場が不可欠です。大きな財産である人財も、職場環境が良くなければ集まりません。また育ちませんし、残りません。全ての職員が誇りを持って生き生きと働ける職場、努力が報われる組織、夢のある組織でなければいけません。もちろん待遇やステイタスの面も重要です。コミュニケーションがうまくいき、チームとして気持ちを共有できる職場では、喜びも達成感も倍増します。

 いよいよ来年は創立25周年です。根と幹をしっかりとしたものにして、誰もがうらやむ、憧れの職場を作り上げていきましょう。

                           富名腰 徹
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2012年1月1日(日)
かいほう 2012 冬 NO66「テンションを上げて」

昨年は、有り得ないはずだった出来事で、全ての人にとって忘れられない年になりました。それでも時はいつものように流れます。また新しい年がやってきました。新年という節目は、沈んだ空気を変えるのに役立ってくれるでしょう。

 早く世の中を明るく元気にするいい方法はないでしょうか。それについてヒントになるのが「テンション」です。「テンションが高い、   上がる」「テンションが低い、下がる」と私たちは日頃頻繁に使っていますが、日本語では何という言葉に当てはまるのでしょうか。なかなか思いつきません。代表的な辞書では、「(tension)精神的な緊張。また、不安」となっていて、よく使われている意味とは違います。今のような使い方は昔からのものではないのでしょうか。ちなみに、高血圧のことを医学用語で、(hypertension)つまりハイパーなテンションといいます。

 人にとってテンションの高さは重要です。テンションの高いお祭りは世界中どこにでもあり、テンションの高さは人が生きていくための根源的な要素なのでしょう。世の中の景気にとってもテンションの高さは大変重要です。バブルはいけませんが、今は消費を高める仕掛けや仕組みが必要です。急いで知恵を絞りましょう。本来厳粛でなければいけない教会で、歌い踊りながらテンションを上げていく、ゴスペルというのもありますよ。

 職場の業績にもテンションは大きく関係します。特にチームでの作業の場合はなおさらです。昨年のプロ野球リーグ優勝のインタビューで、ある監督が「選手はテンションが上がっていた」といっていました。リーダーの重要な役割りのひとつは、スタッフのテンションを上げることです。橋下大阪市長はどうでしょう。はたして某首相は? 我が身を顧みるに、ストレスや重圧で背中を丸めて歩いてはいないでしょうか。医者のテンションが高すぎるのもあぶないのですが、リーダーのテンションが低くては、組織の未来に希望は持てません。

 私たちの施設には「患者サービス七ヶ条」というのがあり、その一番目は「私は、笑顔で挨拶をしている」というものです。これは誰にでもできる、テンションを上げるひとつの方法です。

 さて、私と私たちの今年の目標は、「テンションを上げて」にしますか。

 

 理事長 富名腰 徹

2012年4月1日(日)
かいほう 2012 春 NO.67「平成24年度経営計画」

年が明けたと思っていたらもう新年度。新しい年度計画のスタートです。

 私たちの施設は今年の秋に創立25周年を迎えます。節目である今年度の経営計画には、例年と異なる要素が求められます。

 基本方針は次の通りです。

「創立25周年の改革を決行し、地域により密着した施設を目指して、新たな発展の基盤作りを推進する」

 重点施策として、 

一、諸制度やシステム等の再点検・見直し

改革という視点で仕組みを総点検します。大きな予算を伴うものや経営判断が強く求められるものが数多くあります。

二、病院機能評価更新作業の推進

日本医療機能評価機構による認定の5年毎の更新で莫大な項目があり、多くの職員の力が必要になります。医療の質を高めるのにとても重要です。

三、病院統合の成就

浦添海邦病院を本院の海邦病院に統合し、残った施設を介護老人保健施設にします。グループ全体で介護分野での新たな発展を目指します。

 他にも重点施策はいくつかありますが、これらを踏まえて各部署の年度計画が作られています。

 病院をオープンして約四半世紀、医療環境や制度、ニーズも大きく変わりました。私たちの施設もそれに的確に対応しなければなりません。介護だけでなく、医療においても高齢化への対策がますます重要になってきています。内科以外の診療科でも、複雑な内科疾患や認知症を持った高齢者が増え、その対策が大きな課題になっています。また、在宅医療のニーズも高まっていて、今回の診療報酬改定にも在宅医療を推進する国の方針が色濃く表れています。

 良質の高齢者医療・介護には地域の連携が不可欠です。行政やいろいろな施設が連携を密にして取り組まなければいけません。医院とは異なる病院としての機能を持った施設が少ない宜野湾市において、当院に求めらている役割りは決して小さくありません。

 25周年の節目を生かした改革を成し遂げ、地域により密着した、良質の医療サービスを提供できる施設を目指していきます。

2004年10月1日
かいほう 2004 秋   NO.37「ロマンチック街道とアルプスの旅

「ロマンチック街道とアルプスの旅

 今回の私の旅はドイツとスイスそしてパリです。

 以前、オランダのアムステルダムでの学会の帰りに、レンタカーでドイツを旅したことがあります。ある小さな町のレストランで、グラスワインがあまりにもおいしいため銘柄を尋ねたところ、これはうちの畑で作ったものだといわれ、思わず唸ってしまいました。高級レストランで飲んだワインの味は覚えていませんが、あの風景の中で飲んだワインが忘れられず、今回の旅となりました。

 フランクフルト空港へ降りてまずハイデルベルクへ。ドイツ最古の大学がある美しい町です。そこからロマンチック街道を南下し、中世の宝石箱と謳われるローテンブルクに寄ってミュンヘンへ。さらに南へ下って、切手で有名な小国リヒテンシュタインを通ってスイスのユングフラウ地方へ。

 車窓には、チャップリンやオードリー・ヘップバーンが終の住処に選んだのがなるほどと思えるような、いかにも心穏やかに暮らせそうな風景が流れていました。アルプスの少女ハイジにも出会えそうな気がします。登山電車でアイガー北壁の岩の中のトンネルを通って着いた先は、氷河が広がる白銀の世界でした。

 そしてジュネーブから汽車でパリに行き、路地裏を歩き、朝市やマーケットを見て回り、街の匂いをいっぱい吸い込んで帰ってきました。

 人にとって旅は必要です。とりわけろくに休みも取らない仕事中毒患者には、非日常の世界に身を置いて自分と向き合ったり、こびり付いてはいけないものを落としたりする必要があります。

 今回の旅も私の心を豊かにしてくれました。

 休みを貯めて、また旅に出ます。

院長 富名腰 徹

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2004年7月1日
かいほう 2004 夏   NO.36「水を得た魚

「水を得た魚

 
今年もまた沖縄の夏がやってきました。新入職員にはだんだん周りが見えてくる頃です。やっていけそうだという感触がつかめてきたでしょうか。こんなはずでは、と思っている人はいませんか。

 思い悩んで、進路を決め、辛い修業に耐えてやっと入った職場です。それなのに、就いた仕事や入った会社が自分にマッチしていなかったとしたらどうでしょう。人生おしまいなのでしょうか。


 今時、一度入った会社は定年までという時代ではありません。スキルアップして、義理を欠かないようにしながら次のステップというのもあります。職場だけでなく職種を変える人も少なくありません。

 ただ、自分に本当に合っているかどうかは短期間では分かりません。適性は持って生れたものだけでなく、努力によって作り上げていくものでもあります。合ってないという気持ちは弱さの裏返しの場合があります。自分も成長して変わっていくし、周りの状況も変わっていきます。路線を変える勇気がなくてダラダラと人生を無駄にしてはいけませんが、逃げ出してばかりでは大事なものは得られません。

 たいていの人は天職を求めています。たまたまの運で得たものや不労所得で生活するよりも、いい仕事をして得られた収入で生きていくのがはるかに幸せです。

 生き生きとして、思う存分に仕事で力を発揮している人は羨ましいものです。まさに、水を得た魚です。

 では、どうしたらそうなれるのか。上司に恵まれ、社長がすばらしく、会社が伸びていればそうなれるのでしょうか。確かにいい水、自分に合った水との出会いも必要ですが、最も大切なのは、いい仕事をしたいという気持ち、夢を叶えたいと思う気持ちの強さとその持続力ではないでしょうか。

 水はあっても泳ぎ方を知らないのでは話になりませんが、泳ぎ続ければ上手になります。必ずしもいい水でなくてもだんだん水質が良くなることもあります。いつか自分に合った水のある、もっと広い所に辿り着くかも知れません。

 死んだ魚の目と、ただ生きているだけの魚の目と、水を得た魚の目。

 それはあなたが決めるのです。

院長 富名腰 徹

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